『ガキとオヤジで方程式』〜まだおサンド(玄花前提)























 見慣れた回廊に、見慣れない人影が見える。
 花は小首を傾げながらその瞳をぱちぱちとさせた。
 こちらがそう疑問に足を止めていると、あちらが視界に止め陽だまりの猫のように目を細めて微笑んだ。

「花ちゃん!」

 仕事の顔からすっかり和らいだ、彼女のよく知る表情へと変化した。
 今上帝を長安に据えてからは各地での小競り合いはあっても、大きな戦いはなく行き来をする商人が増えている・・・らしい。
 目の前にしたその人までも行き来出来るとは、まだ、聞いていなかった。

「・・・孟徳さん?」
「久しぶり!会いたかった」

 朗らかな笑顔。
 素直な子供のように笑う、のに、じわりじわりと間合いを詰める。 

「お元気そうで何よりです」

 彼女は当たり障りの無い程度の挨拶を口にする。
 何故なら、芙蓉姫にこっぴどく「孟徳には注意!」と散々聞かされてきたから。
 どうかわそう。どう逃げよう。と彼女の脳裏にはそんな言葉が闊歩する。

「・・・うん。読みにくいなぁ」

 本心からではない挨拶に、彼はしたり顔でまた一歩近付く。
 特に武器を持っている訳ではないのに近付かれると、彼女の額には汗がじわりと滲む。

「今日は玄徳と会談なんだ、まぁ、さっき終わったんだけどね」

 と。彼はまた一歩。
 そしてすかさず彼女の腰に手を添えて一気に胸ぐらへと抱いた。

「!?」

 何事かと白黒させ、彼女は匂いを感じるほどの距離に捕まったのを自覚した。

「ひゃあぁ!?」
「君さぁ、すっごく逃げようとしてたでしょ?」

 すーりすーりと花の髪に頬で撫でる。
 まるで猫が自分から発する匂いを擦りつけるように、彼女がもがけばもがくほど腕の力が増してゆく。  

「ホントに久しぶりだね、君は俺のところに遊びに来てくれないしさ」
「仕事があったので・・」

「そんなの、孔明がいるんだったら押し付けてしまえばいいのに」
「押し付けられませんよ」

「真面目だなぁ・・・まぁそこも可愛いから好きなんだけど」
「もぅ・・・///」

 すっかり腕の中で普通に会話をしてしまう。
 表情こそ見えなくとも、楽観した会話のせいで先ほどの汗はいつしかひいていった。それでも人が通る回廊で、いつまでもこうしては居られない。
 また彼女は「どうやって抜け出そう」と画策して眉根を寄せた。

「孟徳殿」

 第三者が回廊を通った。
 この状況を目の当たりにされて、彼女はびくりと強張った。
 その声はよく聴く声だったからなお更に。

「玄徳、何かな?お取り込み中なんだけど」 

 声のトーンが落ち、また彼女を囲む腕に力が入る。
 不穏な空気が辺りを包む。

「それは・・なんですか?」

 玄徳の声音も孟徳のそれを追い越すほど落ちていった。
 孟徳に包まれているといってもまだ見える脚。
 この世界、脚を出して、ここら辺にいると言うとそれは1人しか割り出されない。
 早々に見つけられ、彼女を抱く彼は不機嫌な表情で玄徳に言い切った。

「連れて帰る!」
「花は犬や猫じゃないぞ!」

 ですよね。
 彼女は発言権を持てないこの状況に内心で突っ込んだ。

「玄徳ばっかりずるいだろ!俺も花ちゃん愛でたい!」
「ずるいとか・・・子供じゃないだろ!」

 まるで子供のわがまま。
 これが小さい子だったのなら彼はきっと撫でて説得に踏み切るだろう。
 だが相手は彼よりも年上の男性。容赦していられない。

「花ちゃんはどっちがいい?」

 ようやっと腕から出れた彼女。出たら出たでいきなり問われ、口を一文字にして状況を把握するのに戸惑った。

「俺のところにおいでよ、こんなとこより楽しいよ?」

 ね?ね?ね?と大の大人が子供のような誘い文句を並べる。
 これが隣近所であるならばふらりと遊びに行けるというのに、さすがに距離が半端ない。玄徳がいる手前先ほどのように抱きしめたりはしないものの、彼は真摯な眼差しで彼女を見つめる。
 その空気を一蹴するように、玄徳は彼女を見つめて一言。


「この世界に留まってくれた理由が俺なら・・・ここにいてくれ」


 え?
 孟徳の表情が凍る。

「玄徳さん・・・」
「・・・花」

 え?
 状況から取り残された赤い彼は、いつの間にやらくっついていた二人を見比べながら瞠目する。

「という訳だ。孟徳殿」

 しっかり彼女を身に寄せて、玄徳は説明をも省き状況から把握しろと口元を上げる。
一方花の残り香が胸元に残る彼は少々沈黙した後にめげずに口を開いた。

「時間があるなら、まだまだ機があるよねぇ」

 今は彼がいたとしても気持ちは変わるもの。
 彼はそう前向きに言うとその場は後にした。
 悔しそうな表情は微塵も無く、これからどうやってこちらを向かせようかと試行錯誤に躍起になっているようだ。

「花」
「はい?」

 回廊の途中にたたずんだ二人。
 名を呼ばれはしたものの、何やら考えてる様子で表情を覗き込む。
 暫し幾泊かした後。
 彼は花に顔を向け、どっしり据わった目で言い放った。 

「子供を作ろう」
「ひゃい?!」
 
 打てば鳴くように返事を返そうとしたその言葉は、ずれて、動揺がそのまま出た。
  
「お前にそっくりな娘もいいな」
「多分、孟徳さんが嫁にくれとか言い出しますよ・・・」

 浮かれる彼に釘を刺す彼女。
 もしもの話なのに、彼はやや激昂した様子で焦る。

「俺の娘はやらん!」

 花は、ベタベタな父親像にくしゃりと破顔した。
























花編みの匠』〜玄花























 よく陽のあたる湖畔の一角、彼女はその名と同じそれと戯れていた。
 手には淡い色が連なり折り重なり形を成している。
 一本摘むとそこにつなげるようにと編みこみ、また一本摘む。
 
「花、なにを作っているんだ?」
「冠です!・・・たぶん、きっと・・・」

 その場に現れた彼を見上げると、彼女はその手にもった花の輪を前に出して言い切った、割りに自信をしょぼしょぼ萎れさせてゆく。

「たぶん…て、出来てるじゃないか?」

 苦笑すると彼も彼女の隣に腰を下ろし、手近なところにあった花たちを丁寧に摘み持ち前の器用な指先で編み上げる。なんの苦もなく滞りなく進む編み方に彼女は「ふぁ〜」と瞠目しつつ凝視する。

「すごい、早いのにすごく綺麗です」
「慣れ、だろう?」

 花の綻ぶ時期に子供、特に女の子の世話がてら遊ぶと必ずといっていいほどせがまれ、玄徳のその特技は子供の羨望の的となる。本人は子供が喜ぶのならそれでもいいと見ている子供が覚えられるように何度か繰り返し、その翌日には子供が編み上げられるようになることも珍しくない。

「お花も、ますます綺麗になって嬉しいと思いますよ」

 はた、と彼の手が止まる。今まで幾度も編んで子供が喜んだりはしたものの、そんな視点を変えた褒められ方をしたのは初めてだった。

「玄徳さん?」

 じっと視線を交わすとはにかみながら小首をかしげて名をその口で囁く。
 彼の胸に灯が点る。気を抜くとすぐに発火して身を焦がす。
 どうしようか、どうしようか、このまま彼女を抱きしめてしまいたい…と、うっかり編んでいたそれに力が篭った。せっかくの小さなこの花が潰れてしまう。

「仕上がったら交換するか…?」
「ええっ!?」

 自信の家出した彼女の花冠を横目に、彼は熱を隠すように口元を引き上げてわざとらしく鼻で笑ってみせた。
 彼女というと最後くらいは綺麗に仕上げようと作りかけのそれとにらめっこをし始める。

「そう悩むな」

 程なくして彼の手には完成された花冠。
 
「ゆっくりでいいんだ」

 焦らないようにと彼女の手と自らの胸に囁いた。
 彼女は摘んだ一輪をしばらく指で転がすと、思いついたように彼の耳に掛けて上目遣いで彼を見つめる。

「ちょっとだけ、教えてもらっても、いいですか?」

 はにかんだその瞳が、口元に添えられた指先が愛しくて、彼は自らの花冠を彼女にのせるとそれごとふんわり撫で上げる。

「俺に出来ることなら、いくらでも力になるぞ」

 と、撫で上げた指先を彼女の隠れたうなじで遊ばせた。























濡れた兎のあたため方』〜玄花
























「花は、すぐ風邪を引くからな」

そう言うと彼は手拭いで彼女の髪をやんわりと拭く。

「そんなこと」

口を尖らせて、彼女は反論をしようとするが「ある」と言い切られ頬を膨らませた。

「無理をしすぎなんじゃないのか?」

慈しみに満ちた視線を送りながら、彼は拭き終えた手拭いを折りたたむ。

「そんな・・・」

そしてまた彼女は口先を尖らせて反論を続けるが疑問で返され言い籠もった。

「ないと?」
「・・・多分」

うやむやに顔を背けて、くしゃりとなった髪に手ぐしを通す。
本人が好きで風邪を引くわけではない、だからか彼女はいつになく不服そうな表情を表す。

「頼むから、あまり病に臥せないでくれ、心配で仕事にならん」

大きな手のひらがまだ生乾きの髪へと降り、ほんのりとした温もりが伝わる。

「玄徳さんだって、あんまり怪我しないでくださいね」

こちらだって心配になるのだと言葉を返す。するとにんまりとした彼は

「ここしばらくは軍師殿たちのおかげで無傷だぞ」

と胸を張る。

「はい、でも、離れてると心配になります」

肯定しても尚、彼女は不安な表情を隠さない。

「・・・そのまま、その言葉返すぞ・・・」

彼も同じくして声を潜めて仕返す。

「はい」

やがて折れた彼女が微笑むと、彼はまるで父親のそれのように

「今夜は温かくして寝るんだ」

と頭を撫ぜた。
程なくして「はい」と彼女が言うと、袖をつまみ軽く引っ張った。
ん?と彼女を見やると、恥じらいながら見上げて

「一緒に?」

と問いかけた。
彼は固唾を飲み込むと、周りを確認してこそりと肯定した。

「一緒だ・・・」